テイキンザクラ
 昨年、中国の伝統楽器を用いた楽団、女子十二楽房がずいぶんと話題になったが、その中で使われている楽器の一つ胡弓は、古くから中国と関わりのあったウチナーンチュにとっても馴染みの深い楽器である。沖縄の古典音楽(宮廷音楽)のほとんどに胡弓は使われており、民謡の一部にも胡弓の切なげな調べは必要なものとなっている。
 沖縄の音楽では、しかしながら、胡弓は伴奏楽器に留まっており、女子十二楽房のように主たる旋律楽器、あるいは、日本で活躍している二胡奏者(名前が出てこない)のように独奏楽器とは、たぶん私の知る限り(琉球民謡に精通しているわけでは無い)なっていない。バイオリンやチェロなどと同じ擦弦楽器は時に切なげに、時には激しく情感を表現する。そういった音は、明日は明日の風が吹くと思って暮らしている呑気なウチナーンチュには合わないのかもしれない。

 その昔、といっても私が若い頃程度の昔では無く、ずっと遠い遠い昔、中国は唐の時代の話。宮廷に使える演奏家の一人に容姿端麗の美女がいた。彼女は胡琴(胡弓)の演奏家であったが、楽器製作者である父の考案した新しい楽器も得意とし、その演奏で宮廷のみならず、多くの人々の人気を集めていた。新しい楽器は胡琴を大きくしたもので、その分、胡琴より音域が低かった。たとえていえば、バイオリンに対するビオラのようなもの。彼女はその音で、人間の持つ深い悲しみや溢れる喜びを表現した。楽器の名を提琴(ていきん)と言い、彼女が提琴を演奏するようになってから数年も経つと、提琴はまた、彼女自身をも指すようになった。
 ある日、南方からの使者がやってきて、歓迎の宴が催された。音楽会では彼女の独奏も披露された。提琴の演奏にいたく感動した要人の一人が、
 「このたび持って参りました献上品の中に、天竺から入手した樹木があります。先ほど演奏していた美女が着ていた赤い服と同じ色の花が咲きます。その樹木、本国での名前もまだついておりませんが、いかがでしょう、可憐で清楚であるところも彼女に似ております。木の名前を彼女の名前にしては。」と言上した。そして、花の形が桜に似ていることから、その樹木は、時の皇帝の承諾のもとに「提琴桜」と名付けられたのであった。
 献上されたテイキンザクラのうち1本は、名の由来となった彼女の家の庭にも記念として植えられた。以来、彼女が死ぬまでの数十年間、毎年春になると、テイキンザクラの赤い花の下で提琴を演奏する彼女の姿が見られ、多くの人を喜ばせたということである。

 なお、以上はまったく、私の作り話である。

 テイキンザクラ(提琴桜):添景・花木
 トウダイグサ科の常緑中木 原産分布は西インド諸島 方言名:無し
 バイオリンを漢字で書くと提琴となるが、提琴はまた中国の楽器のことも表している。広辞苑によれば「胡弓の大型で低音のもの」とある。この提琴という字を充てたテイキンザクラという名、サクラは花の形がサクラに似ているからという理由が解るが、テイキンが不明。花や樹姿をどうみても胡弓のようには見えない。で、上の話を考えた。
 高さ1〜3mになり、『沖縄の都市緑化植物図鑑』では低木、『新緑化樹木のしおり』では中木に分類されている。単独の添景として用いられることが多いので、ここでは中木とした。陽光地を好み、よく開花する。成長は速いが分枝はそう多く無く、高さも3mにとどまるので管理はしやすい。民家の狭い庭に花を楽しめる樹木として適する。
 花色には濃紅色、桃色、橙色などあり、ほとんど年中ちらほら咲いているが、開花期は3月から9月が主で、最盛期は4月から6月となっている。
 中国の美女の話としたが、別名をナンヨウザクラ、またはインドザクラともいうので、もしかしたら、インドか東南アジアに提琴を奏でる美女がいたのかもしれない。

 全体

 花

 桃色花
 記:島乃ガジ丸 2005.5.22  ガジ丸ホーム 沖縄の草木
 参考文献
 『新緑化樹木のしおり』(社)沖縄県造園建設業協会編著、同協会発行
 『沖縄の都市緑化植物図鑑』(財)海洋博覧会記念公園管理財団編集、同財団発行
 『沖縄園芸百科』株式会社新報出版企画・編集・発行
 『沖縄植物野外活用図鑑』池原直樹著、新星図書出版発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄園芸植物大図鑑』白井祥平著、沖縄教育出版(株)発行
 『親子で見る身近な植物図鑑』いじゅの会著、(株)沖縄出版発行
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