メキシコサワギク
 数年前の6月、梅雨時だがよく晴れた日曜日、散歩を兼ねながら片道約20分のスーパーまで買物に行った。その途中、1人の爺さんに出会った。電柱があるせいで、人1人がやっと通れる幅しかない歩道で、もちろん私は、若輩者が大先輩へ道を譲る、そんな心構えでいたのだが、爺さんに先を越された。電柱の前で爺さんが、私が通るのを待っていてくれたのだ。「すみません」と爺さんに会釈をしつつ、恐縮しつつ通り過ぎた。爺さんは、「いや」と帽子に軽く手をあてて、会釈を返した。
 沖縄口(ウチナーグチ=沖縄方言)の敬語には2種ある。身分(たとえば、農民が武士に向かって)の敬語と、長幼(若者が年配に向かって)の敬語がある。年寄りの農民は、若い武士に向かって身分の敬語を使う。若い武士はまた、年寄りの農民に向かって長幼の敬語を使うのだ。つまり、伝統的に沖縄は、年寄りを大事にしているようなのだ。
 その伝統を私の遺伝子は正しく受け継いでいるので、(平民で若造の)私に対する爺さんの態度には、とても恐縮し、爺さんの寛大な心に、守礼の邦(琉球国の別称)ここにあり!と、いたく感激し、幸せな気分になったのであった。

 ところが、その幸せな気分は、ほんの10秒ほどで消し飛んだ。
 爺さんの後にすぐ続いて、むこうから1人の中年女性と2人の若い男が並んで歩いてきた。ニコニコしながら歩いてくる三人は、並んで歩いているので歩道の幅をふさいでいた。当然、並んで歩いている3人の中の誰か1人が、道を譲るであろうと思ったのだが、譲る気配が無い。しょうがなく、まぁいいか俺が譲るかと、先ほどの爺さんのお陰ですこぶる気分のいい私は、すこぶる寛大な気持ちで、歩道の端に、爪先立ちぐらいの窮屈な格好で立ち、3人の通り過ぎるのを待った。「ありがとう」まではいかなくとも、会釈のひとつくらいは少なくとも期待しつつ待っていた。
 若い男の中の1人が、「よろしくお願いします」と言いながら、私にチラシを1枚手渡した。「よろしく」と、中年(遠慮して言っているのだ。私の率直な感覚では初老)の女性が名刺を1枚、私に手渡した。「すみません」も「ありがとう」も会釈も無し。
 チラシを見ると、初老の女は近くに迫った市議選の候補者のようであった。つまり、公職選挙法では禁止されている、公示前の選挙運動をしているのだった。

 人妻の浮気、人夫(ひとおっと)の浮気、女子高生の援交、成人前の飲酒、煙たがられる喫煙、ヒステリックに嫌がられる捕鯨、食鯨(沖縄では、嬉々としてイルカを食う食文化が、今でも何はばかることなくある)等々についても私は寛大なので、公示前の選挙運動ていどに腹を立てるということはない。だが、道を譲った者に対して「ありがとう」の一言も無しに、さも、私は偉いのだという態度で、自分の宣伝ばかりしている市議候補のオバサン、もとい、バアサンには腹が立った。ゴミ拾いのボランティアならまだしも、選挙違反の運動じゃねぇか。そこのけそこのけという態度で、「よろしくお願いします」もなにもないもんだ。お願いされたって、知るか!つーんだ。と、私はいたく憤慨した。

 私が窮屈に立っていた場所には、フェンスに絡まったメキシコサワギクが、鮮やかなオレンジ色の花をいくつも咲かせていた。窮屈に立っていることが全然苦にならないほどにきれいに咲いていた。その花を横に見ながらいたく憤慨した私は、市議候補の後姿に向かって「テメエら、もし、さっきの爺さんがいなければ、もし、メキシコサワギクが咲いていなければ、テメエの顔写真の載ったチラシをその顔に投げつけてやったところだ。爺さんと花に感謝しろ!」って怒鳴ってやった。もちろん心の中だけで。
 その約一ヵ月後、投票日があった。バアサンはトップ当選だった。まあ、世の中とは概ねそういうものだ。私の好き嫌いで動いているわけじゃない。でも、何だか悔しかった。

 メキシコサワギク(墨西哥沢菊):法面・壁面
 キク科の常緑蔓植物 原産分布はメキシコ 方言名:無し
 乾燥に強く、耐潮風性もあるので、海岸近くの壁面緑化に向く。直射日光のよく当たる場所で花つきが良い。本土では1、2年草となっているが、沖縄では多年草となる。
 花は、同じキク科のガーベラに似た形をしている。鮮やかな橙色の花は群がって咲くので、よく目立つ。開花期は5月から9月。

 花
 記:島乃ガジ丸 2005.4.23  ガジ丸ホーム 沖縄の草木
 参考文献
 『新緑化樹木のしおり』(社)沖縄県造園建設業協会編著、同協会発行
 『沖縄の都市緑化植物図鑑』(財)海洋博覧会記念公園管理財団編集、同財団発行
 『沖縄園芸百科』株式会社新報出版企画・編集・発行
 『沖縄植物野外活用図鑑』池原直樹著、新星図書出版発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄園芸植物大図鑑』白井祥平著、沖縄教育出版(株)発行
 『親子で見る身近な植物図鑑』いじゅの会著、(株)沖縄出版発行
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