ヤブツバキ
 祖母が生きていた頃、祖母の部屋は独特の匂いがした。臭いということは無いが、いい匂いってわけでも無い。部屋にある仏壇の線香の匂いでも無い。何だか判らない匂いなので、「オバーのカジャ(香りという意味のウチナーグチ)」ということにしておいた。

 祖母が他界(97歳)して4、5年経った頃のことであった。その頃私は、木材や木製品に興味があっていろいろ調べていた。ある日、知り合いの家具の専門家に、無垢材(ガジ丸通信「修理というエコロジー」参照)の家具の手入れには椿油を用いると良いと教わった。椿油をネル(注1)に染み込ませて家具を磨く。見た目もきれいになるが、椿油は木材を傷めず、長持ちさせる効果もあるとのことだった。
 その専門家は椿油の入った瓶を見せてくれた。使いかけの瓶は椿油が半分ほど残っていた。瓶を手にとって、蓋を開けた瞬間、その匂いが祖母の匂いであることに気付いた。
 椿油は家具磨きの他、食用油としても用い、また、機械・大工道具などの錆止めや化粧品や薬品の原材料としても使われている。そして、これがおそらく最も知られたことであろうが、毛髪・頭皮の油分補給、整髪としての用途がある。いくつになっても女としてのオシャレをおろそかにしない祖母の部屋の匂いは、「オバーの髪の匂い」であったのだ。

 椿油はツバキ科ツバキ属の種子から取れる。ツバキ属にはサザンカ、トウツバキなどといった樹木があり、それらからも油は取れる。が、中でも最も多く用いられているのはヤブツバキ。伊豆諸島、五島列島などが産地として有名。
 先々週、樹木の写真を撮りに親戚の家へ行った。ヤブツバキは例年だと12月から花を見せてくれる。ところが、その親戚の庭にあるヤブツバキは、一輪も咲いていなくて、蕾もまだ堅そうであった。これも暖冬のせいなんだろう。
     
 内地(倭の国)生まれの侘び助椿はちゃんと季節を守ってくれているのに、沖縄産のヤブツバキは遅れている。それはヤブツバキのせいでは無く、冬でも暖かい沖縄のせいに違いない。同じボンヤリ者として私は、ヤブツバキの気持ちがよく解る。

 注1:ネル。フランネルの略。紡毛糸で粗く織ったやわらかい起毛織物。繊維が柔らかいので家具の表面を傷めない。糸くずが家具に付着することもない。

 ヤブツバキ(藪椿):庭木
 ツバキ科の常緑高木 原産分布は東北以南、沖縄、台湾等 方言名:チバチ、カタシ
 放っておけば高さ10mまでになるが、成長が遅く、剪定が利くので庭木として適している。直射日光のよく当る場所でも生育するが、西日の当らない半陰になるような場所を好み、やや湿潤な環境におくと良い。時期になるとたくさんの花を咲かせてくれる。日当たりの悪い庭に用いる花の咲く高木として重宝する。
 山の中の薄暗い辺りに野生のヤブツバキを見ることができる。ヤブツバキのヤブは藪。藪は「野生の」ということを意味すると文献にある。広辞苑では「藪は雑草・雑木などの密生している所」となっている。まあ、そんな椿。紅赤色の花、開花期は12月〜3月。

 花

 実
 記:2005.2.4 島乃ガジ丸  ガジ丸ホーム 沖縄の草木
 参考文献
 『新緑化樹木のしおり』(社)沖縄県造園建設業協会編著、同協会発行
 『沖縄の都市緑化植物図鑑』(財)海洋博覧会記念公園管理財団編集、同財団発行
 『沖縄園芸百科』株式会社新報出版企画・編集・発行
 『沖縄植物野外活用図鑑』池原直樹著、新星図書出版発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄園芸植物大図鑑』白井祥平著、沖縄教育出版(株)発行
 『親子で見る身近な植物図鑑』いじゅの会著、(株)沖縄出版発行
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